2021年2月8日月曜日

車の思い出

F東18石川直宏 @ オフショア待ち


先週の月曜日、オフショアを狙ってきたナオ。予報がズレて3時間の待機。
その後、2人でオフショアクリーンの千倉を当てました。

たまたま通りがかった人が、車の中から撮ってくれた1コマ。


サイズ感まったくナシですが、、、珍しいショットありがとうございますw
こう見えて、10footあります♬😎


先日、昔の写真を整理していたら、乗っていた車の写真が出てきたので、思い出に浸りココに書き記したいと思います。
車好きの方楽しんで頂けたら幸いです。

1988年、バブル終盤の頃。
シルビアS13 K's。


やんちゃな車でした。紺色を買いましたが、気に入らずガンメタにオールペン。

当時のお約束BBSはあえて履かず、ボルグレーシングとヨコハマのタイプD225。
足は確か、トラストの車高調かな。

GTRスポイラーを付け、マインズのマフラーとTO4Eのタービンで1800ccながら232kmをマークした車でしたが、その後友人がGT-R32を購入。リミッターをカットしただけで260kmを出され、超シラけ、この車を降りました笑

そして1990年、真逆の旧車へ。
ホンダZ360。


3発360ccながら、5速を搭載。
全開で120km近く出せました。笑
確か1973年式だったと記憶しています。

もちろんエアコンやらステレオやら付いていませんので、そんなに長く乗れるはずもなく、1年で個人売買情報誌へ。(もちろん当時はヤフオクなんてありませんでしたよね)
30万で買って30万で売れました♬

この頃には既に「変な車」中毒となり、次買った車はCCCPの、
1991年式ラーダ・ニーヴァ。


この時はまだ、ロシアではなくソ連で、ゴルバチョフが仕切っていたのです。
1991年にそのゴルビーが来日し、それを記念して「ゴルビー訪日記念車」が販売されました。たしか20台限定で、俺のシリアルナンバーは#11だったと思います。
年賀状にもしましたよw


自分でレタリング貼って、カメラ屋に持ってったもんですw

この車はガスケットがダンボールで出来ていて、しょっちゅう抜けてバフバフいってしまうので、年間2ヶ月は入院してましたね😅
でも4年乗ったかな?
この車も個人売買情報誌で売りに出し、200万で買った車でしたが、100万で売れたんです。
この手の車はマニアがいて、さほど値が下がりませんね。 

時を同じくして何を血迷ったのか、2輪に手を出したのでした。
おそらくシルビアを降りてからずっと速さを得られなかったストレスが、バイクというベクトルに向いたのでしょう。
まずはスズキのグース350。

単気筒3パンの、パッタンパッタン倒れる優等生でしたが、癖がなさすぎて飽きてしまい、3ヶ月でLツインに乗り換え。夢にまで見たドカティでした。

車でいうとビートルみたいで、見た目ほど速くは無いのですが、味のある良い単車でした。

この頃にサーフィングを始めたのもあり、前述の壊れる車には乗っていられず、乗り換えたのが1995年に91年式の、
オールズモビル・カスタムクルーザー。


当時シボーレーのカプリス・ローダウンが流行っていたのですが、あえて同じ形のメーカー違いで、どノーマルのオールズモビルを個人輸入して貰ったのです。
当時この車は日本に2台しかありませんでした。

5000ccOHVはそれはそれはトルクがあり、ほぼアイドリングで走ってしまうので、燃費はリッター10kmという奇跡のアメ車だったのです。
波乗りにも素晴らしい仕事をしてくれ、兄貴と一緒に良く旅に出たものです。

しかしペンションを千倉で開業するにあたり、千倉の道にこの車は適合せず、コンパクトカーに目を向けると、この車が引っかかってきたのです。
プジョー106 gti 1999年式


シャンパンゴールド、という言葉が流行ったあたりですが、確かこれはブレイズゴールドだったかな。

ちなみに当時嫁さんの車はプジョー309、ベッタベタのシャコタンでしたw


ゴーカートみたいな面白い車でしたよ。

まだこの時は実家の松戸に住んでいて、週末サーファーだったので、平日にはサーフできず俺の選んだ道はバイクだったのです。

ドカティは400ssというモデルだったのですが、いよいよ手馴れてきたのでステップアップしようと限定解除を受け、こいつに乗り換えたのです。


ジレラ・サトゥルノ IOM
単気筒500ccでした。
当時はレッドバロンが輸入元かな。
イタリアのジレラ社とヤマハの共同開発だったと思います。

これはもう一度乗りたい単車No1です!!

こいつは千倉に持ってきたのですが、倅が生まれ、まだペンションも軌道に乗らず、あえなく手放してオムツ代となったのでしたw

その後は車一本となり、10年106を乗りましたが、倅が10歳の時のサッカーチームの送迎を考え、売りに出しステーションワゴンを買ったのでした。
ヤフオクで20万で売れたかな?
23万キロ乗ったので通常は値がつかないのですが、オールペン好きの俺はこんな色に塗り替えていたので、そこそこの値がついたんですね。

この辺では中々有名な車でしたよw
因みに後ろに写っているのは、嫁さんのルノールーテシア(AT)

ずっぽしFFフレンチブルーの虜でした。
やはり足回りですね。
フレンチの足は最高で、軽さと相まって下手なスポーツカーには引けを取りませんでした。

そして106を嫁に出し、2010年に新しく我が家にやって来たのが、
ルノーメガーヌ・ツーリングワゴン。


もちろんお約束のシャコタン・インチアップは必須ですね。
6年落8万kmで、35万で落札しました。

1600ccにこのボティ、しかもノンターボなので、Z360並に遅い車でした😅
でも子供たちを乗せて、毎週アチコチにサッカー遠征行けた事は良い思い出なのです。
結局コイツも7年間20万キロ乗りましたよ。(値はつかなかったけどw)

そして現在はこちら。
右が俺のルノークリオ2。
左が嫁さんのミラジーノ。


嫁さんのミラは勿論国産なので、今の所ほぼノートラブル。
問題は俺のクリオなんですが、、、
もう自分で2回車検を通すくらい乗っているのだけれど、まぁノートラブル!! 笑

一昨年なんて、このクリオで宮崎まで走ったのですが、行き帰り3300kmの間で1台も抜かせませんでしたし、愛媛の峠では、レクサスのなんちゃらに一瞬煽られたのですが、結局30分二度と突かせず逃げ切りました。
そしてあんだけ回して酷使したにも関わらず、ノートラブルで、平均燃費15.8km/ℓのおまけ付き。
素晴らしいですクリオ2。


しかも32万で購入ww
まだ全開走行はしていませんが、200kmで5500回転までは回したので、あと1000回転回せたら220kmは超えそうですね。
うーむ、富士SWに行きたいw

この車は2003年式、直4DOHC2000ccなんですが、とても18年前の車とは思えないキビキビした走りをしてくれます。
やはり、軽さは正義ですね。


最後に俺の夢、死ぬまでに一度は乗りたい車の筆頭に挙げられるのは、
ケータハム・スーパーセヴン。ですねぇ


宝くじ買わなきゃ♬


そんな車のお話編でした。
ダラダラすみません。
読みきってくれた方、お付き合いありがとうございました🙏😇

Have a nice car life!!